2026.01.23
たびた び書店との一連の騒動に関する声明と
『書店文化を消すのは誰か?』販売取り下げのお知らせ。
今回のたびたび書店・河田さんによる民事調停の申立についてですが「欠席」といたします。まず第一に、私は河田さんと争いたいわけでも、謝罪や和解を求めようとも思っておりません。今後は関わりあいになりたくない、ただそれだけです。
そのうえで河田さんによる対応は不当なものであるという主張を覆すつもりはありません。今回の郵送で分かったのですが、突然注意喚起のメールが来たのは、私がSNSで「(某書店に対し)自分が主催するイベントには呼ばない」と投稿したことがきっかけだったようです。私のSNS運用に問題があると感じられるのは自由なのですが、何の契約関係にもない方、あるいは投稿の当事者でもなく一回しか直接お会いしたことない方に、運用の口出しをされる筋合いはございません。
加えて、注意喚起とされるメールには「書店文化の発展」を引き合いにしながら、神戸の書店界隈の中で情報共有していること、「本の文化振興プロジェクト」に関わっていることや「大手雑誌に書評を寄稿する予定」があることなど、一般的に考えて記述する必要がないであろうことも書かれておりました。私が主催するブックイベントについて神戸の書店が関わっていないことに対して、その理由を言えるという憶測や虚偽の記載もありました。申立書には河田さんは『「脅し」「脅迫」という評価が社会的評価を低下させる』と記載されておりましたが、この記述はあまりにも行為に対する責任を引き受けていないように思います。私からすれば書店や業界同士の繋がりや連帯を匂わせて、フェス参加の可否に話を繋げようと企むことや、あるいはイベンターと書店という対立関係を勝手に作りあげて話を進められること、年齢差などの優位な権限を見積もってもこれは注意喚起の域を超え「脅し」「圧力」と受け取られてもやむを得ないでしょう。それらの行為と抗議に対して、営業主体としての信用の低下や精神的負担を引き合いに出して被害者の立場をとろうとすることは筋が通りません。せめて私がお送りしている書簡に対して具体的な問題点を挙げて返答いただくべきです。
私信の公開においても慎重になる(加えて法的な判断に委ねられる)べきですが、私個人としては公開にあたる正当な理由があるのだから、許諾を取る必要がないと考えています。例えばハラスメントなどの問題を取り扱うとき、第三者に向けて私信が公開されるといったことはよくあるはずです。それはつまり公開範囲の適切さ以上に“そこで何が行われていたか”の方が重視されること、やりとりをしている人同士の関係性において適切か否かが優先されることを意味します。
さらに今回のメールは河田さんの個人の意見の範囲を超えて、他の書店に話を伺ったなどという形でのやり取りが具体的に記載されておりましたし、関西・神戸の書店同士が情報共有をして意見を聞いているといった旨のことも書かれておりました。河田さんがこうした「界隈の繋がり」のようなものを持ち出した段階で、さまざまな事実関係の確認を含めても河田さんと私の間で終わる問題ではなくなっているはずです。いずれにせよ、多少なりとも他の書店・版元が一連のやりとりを閲覧出来るように公開するのは妥当であると思っています。
我々は個人事業主で私と河田さんとは取引先という関係性であって、それぞれのネットワークはあるにせよ、困ったときの相談窓口、相互扶助が機能するシステムは実質的にはありません。「界隈」の難しさは実質的な繋がりはないが仲間意識はあるという歪さです。仲間意識を持ち出されて圧力をかけられたとき、その抵抗は極めて難しいものになります。”意識”でしか繋がっていないからです。
そして私は公開に際して、河田さんのメールを引用し極めて具体的な指摘を行っており、第三者からの評価に耐えうるフェアな記載をしています。また、紙媒体での発行や有料化によりゾーニングを行っています。これは過剰な拡散を防ぐための配慮です。
以上のことから、今回の私信の公開は正当化されるのではないかというのが私の立場です。
繰り返しますが、この件について河田さんと話し合い和解をすることを望んでおりません。私の一連の主張は河田さんへ向けた手紙やメールの返信やSNSのスクリーンショット、郵送で事前にお送りした「ある日、たびたび書店からメールが届いた」の冊子に全て書いてあり、今さら新たに民事調停という形で付け加えて話をすることはありません。こちらは常に返事待ちの状態です。
私からすれば、繰り返しの質問や連絡に対して具体的な意見や気持ちを表明いただけないことは極めて不誠実なものだと思っております。こちらは仕事に割く貴重な時間と郵送費などの資金面の負担をしております。また、関西の出版社や書店に対しても郵送で書簡を送っております。河田さんの言う書店出版社の繋がりがどの範囲の誰を指すのか(感覚の話なのか)分かりかねますが、メールをいただいたからには本対応を取らざるを得なかったためです。無関係な方にも迷惑をかけているという自覚もございます。これ以上貴重な時間、あるいは交通費を割くことも避けたいと思っています。
私がお電話を差し上げたときに「ボケ」「ダボ」などの暴言、こちらが論点を整理するのを静止し「裁判や裁判など」の高圧的な態度を取られたことに対しても、まだ納得はいっておらず、申立書にある感情的な対立は望まないという記載とこれまでの発言や行為が矛盾するようにも思っています。これは推察の域をでないのですが、初動から私の指摘に応答することなく裁判所の関与にこだわっているのは「裁判」という言葉を持ち出すことによりこちらを怯ませ、言論封殺させる意図、俗にいうスラップ訴訟に近しいものではないかと受け取っています。出来る限り、そうした煽りには乗りたくありませんし、いずれにせよ社会的評価や精神的な苦痛を避けたいのであれば、私の問い合わせに対しちゃんとしたお返事をいただくことでしか解決には至らないのではないでしょうか。
そして最後になりますが『ある日、たびたび書店からメールが届いた』の冊子はだいぶ前から発行と販売をしておりませんし、あれは在庫を抱えてもおりません。不特定多数への販売は控えるようにいたします。また明日販売予定としていた『書店文化を消すのは誰か?』についても、本文ではたびたび書店を非難する予定はありませんが、タイトルなどから河田さんの不安を助長するものになりそうですので、これはタイトルや構成を編集することといたします。
それではこちらを確認の上、たびたび書店の河田さんには書面でお返事をいただくか,しかるべき対応をお願いしたいと思います。
Sanzui 沖 健汰